セミの声はそこらじゅうからきこえるのだが、見つけるのはそう容易ではない。
やっと手近な位置にあるセミを見つけることができた。
ゆっくりゆっくり近づいていく。
「ん~」
網をゆっくり近づける。あとちょっと。
「ジジジジジッ」
「あっ!!」
逃げられた。
何ともいえない悔しさが込み上げてくる。
負けず嫌いな俺はまたセミを探しだした。
そんなこんなでチャイムが鳴る頃にはヘトヘトだった。
その成果はセミ一匹。
実際にはコツを掴み、5匹ほど捕まえたのだが、
あずかった虫かごにたくさん入れて返すのもどうかと思ったので、逃がしてきた。
網で捕まえるより手で捕まえたほうがなんとなく捕まえやすいこともわかった。
「鏡夜くん!!虫かご持っててくれてありがとうね!!」
「あ、うん。」
虫かごを渡すとき、一瞬手放したくなかった。
でも逃がしてしまったのは俺だし
元はこの子の虫かごなわけで。
渋々渡した虫かごは今でもおぼえている。
あとで聞いた話だが、帰りの車の中で
「今日の事はお父さんにはいわないでよ」
と橘に言ったらしい。自由時間に勉強もしないで虫採りしていた罪悪感からだろうか。
でもこの事は俺のなかでの数少ない輝いている思い出の一つ。
普通の男の子としての夏を味わえた出来事。
後にも先にも、これ以来虫採りをする機会はなかった。
―――なんて、環に言えないな。
クスっと笑ってしまって。
「鏡夜、お前セミとりなんていつしたんだ?」
「いや、今のは忘れろ。」
風が吹いた。
この適度な涼しさが、心地いい。
「環、もう満足か?」
「ああ。帰ってこれを標本にするのだ!」
「標本?」
これしかいないのにか?
「鏡夜も手伝うんだぞ!さあ帰ろう帰ろう!」
「はあ…、まったく。」
俺は、呆れながらも、環の後を追った。
-Fin-